北方崑曲劇院・日本崑劇之友社 
『著名崑劇芸術家 馬祥麟先生
逝世十周年紀念演出』
参加報告


三 脚 猫



 日本崑劇之友社のみなさんは、これまで十四年にわたって、毎年数回に及ぶ公演を続けておられます。われわれ京都江南絲竹会のメンバーも、2000年年末から01年年始にかけて の創立十周年記念公演、並びにその翌年の日中国交回復三十周年記念公演に参加させていただきました。今回は、南京崑曲社創立五十周年記念公演の直後であったこともあり、わたし 一人で参加することになったのですが、この小文はその報告です。

 三日間にわたる南京崑曲社創立五十周年記念公演が終わったあと、12月28日に列車で南京から上海に一旦戻り、30日の夜、雪の降る中を夜行で北京に向かいました。夜行列車で 北京に向かうのは前回公演に参加して以来のことですから、四年ぶりということになります。この間に、列車はさらにスピードアップし、時刻表も大きく変わりました。なんと午後七時 台には五本の北京行きノンストップ特急が発車し、しかもどれもが満席状態です。列車は軟座と軟臥のみ、わたしの乗った軟臥は500元近い運賃なのですが、飛行機より安くて確実な こと、朝八時前には北京に着くことができ、時間が有効に使えるということで、なかなか人気があるようです。実際この日は、積雪のため夕方から上海浦東空港が閉鎖されるという事態になっていましたから、もし飛行機を使っていたなら、たいへんな目にあっていたはずです。
 
 北京に着いてみると、雲一つない快晴、気温はもちろん氷点下ですが、太陽が出ると、日差しがなかなか暖かく、曇りがちで薄ら寒い江南の冬よりは快適です。有り難いことにこうした天気が以後北京を離れるまで続きました。
 

 今回の公演は、北方崑曲劇院と日本崑劇之友社との共催による『著名崑劇芸術家 馬祥麟先生逝世十周年紀念演出』と銘打たれた特別の公演でした。
 馬祥麟先生(1913〜1994)は、1928年に韓世昌が来日公演した時に、十五歳でその公演に参加したというエピソードを持つ、北崑を代表する名優でした。
 友社のメンバーの指導に当たっておられる張毓文老師はその弟子にあたりますから、友社にとっては大師匠ということになるわけです。



 会場は、北京に残る伝統的な舞台の代表ともいえる湖広会館です。座席数は100位でしょうか。赤い欄干で囲まれた小さな舞台が、客席に張り出すような形でしつらえられており、役者は舞台後方の出入り口から、出入りします。
 マイクを使用しないので、じっくり聴くことができます。ただ、舞台の天井が筒抜けになっているのが、役者にとっては不利なように思います。本来は天井があったのを、照明の関係で取り除いたのかも知れません。小規模ながら二階席もあります。かつての劇場では、一階席は池座、二階席は楼座とよばれ、後者の方が高級でした。この写真は向かって右に作られた楽隊用のスペースから撮ったもの、演じられているのは『牡丹亭』春香閙学です。

三日間の公演のプログラムはというと、以下のようなものでした。
  
12月31日 午後一時三十分〜
   『牡丹亭』遊園驚夢 友社Xiabuさん主演
   『雷峰塔』断橋 友社Shantianさん主演
   『海記』思凡 友社Sanyeさんと北崑の若手女優主演
   『海記』下山 友社Guanさん主演
   『南柯記』瑶台 友社Shantianさん主演
  
1月1日   午前九時三十分〜
   『牡丹亭』春香閙学 友社Guanさん主演
   『長生殿』小宴   友社Xiabuさん主演
   『荊釵記』彫窓投江 友社Shantianさん主演
   『鉄冠図』刺虎   友社Tianzhongさん主演
   『紫釵記』折柳陽関 北崑張毓文、温宇航さん主演
  
1月2日   午後一時三十分〜
   『奇双会』写状   友社Fuyongさん主演
   『西遊記』胖姑学舌 友社Guanさん主演
   『漁家楽』刺梁   友社Shantianさん主演
   『百花記』百花贈剣 北崑張毓文、温宇航さん主演
   『青塚記』昭君出塞 友社Sanyeさん主演

 以下、印象に残ったものを中心に、写真と共に紹介したいと思います。
 
1)『牡丹亭』春香閙学(前掲写真)・胖姑学舌(写真下)
   
 『牡丹亭』の主人公は、何といっても杜麗娘ですが、その召使いである春香を主人公にしたてたのがこの春香閙学という一幕です。ある日のこと、家庭教師の陳最良がやって来て、杜麗娘と春香にお勉強をさせるのですが、春香は先生の講義に茶々を入れ、あげくの果ては、おしっこに行くといって抜けだし、しばらく花園を見物して戻ってきたところ、先生に大目玉を食らうというのがそのあらすじ。春香のような茶目っ気たっぷりの召使いなどを主に演じる役者は、六旦(旦は女性役のこと)と呼ばれ、崑劇ではなくてはならない脇役です。
 この六旦のためのお芝居といえば、他に『南西廂』佳期が有名ですが、もう一つ、北崑ならではの演目が『西遊記』胖姑学舌です。この『西遊記』は有名な小説『西遊記』とは別の戯曲作品で、その成立は小説『西遊記』よりも古く、戯曲史から見てもたいへん貴重な作品です。この一幕は、インドに旅立つ三蔵法師を見送るための盛大な送別会のありさまを見てきた村娘が、おじいさん相手にそのありさまを説いて聞かせるというもので、やはりコミカルな味わいを持つ面白い芝居でした。 

2)『鉄冠図』刺虎(写真左)・『漁家楽』刺梁(写真右)
 
 ともにうら若い女性が、敵をひそかに殺すという暗殺ものです。この二つに『一捧雪』刺湯を加えて「三刺」と呼ばれます。『一捧雪』刺湯はわたし自身も見たことがないのですが、刺虎・刺梁は上演される機会も多く、とりわけ友社の指導にあたられている張毓文老師のものは、高く評価されてきました。
 こうした気性の激しい女性の役柄は、四旦(刺殺旦という恐ろしげな別名もあります)と呼ばれ、声の方もさることながら、立ち回りもある程度要求されるなかなか難しい役柄です。
 刺虎の方は、暗殺に成功したのち、主人公費貞娥が自刃して果てます。そのため悲壮感の中に切ない哀れさがただよいます。
 (なお、刺虎の敵役、李過(一隻虎)を演じたのは北崑の戴祥麒老師、数年前お体を悪くされたのですが、すっかり回復され、お元気な舞台姿を拝見できました。)
 
 いっぽう刺梁の方は、主人公飛霞が暗殺に成功したあと、丑(道化役)の扮する人相見、万家春の手引きで、あまたの歌姫たちとともに、無事脱出する場面がコミカルかつ華やかに演じられ、めでたしめでたしとなるのがその特徴です。
 上でふれた六旦役として名の知られる王瑾さんが、歌姫のリーダー役を務め、そのためたいへん引き締まった舞台になったように思います。
 刺梁の主演、Shantianさんは友社成立時からのメンバーで、今回の公演でも連日の熱演でした。昨年からは北京に居を移されたとのこと、今後のご活躍をお祈りしています。

3)『奇双会』写状(写真左)・『百花記』百花贈剣(写真右)
 
 この二つは吹腔と呼ばれ、通常の崑曲とは音楽の風格や伝承の過程が異なります。もともと、清代後期に北京にやって来た安徽省の劇団、「徽班」がもたらしたものが崑劇に取りこまれたもので、「徽班」は京劇の形成に大きく関わりました。歌と笛の伴奏が完全にユニゾンになるのが本来の崑曲のスタイルであるのに対し、伴奏に過門(歌の句の切れ目に伴奏の合いの手が入る)が用いられるなど、その旋律も親しみやすく、面白い作品です。
 
 百花贈剣は張毓文老師と、もと北崑所属でアメリカのリンカーンセンターによる『牡丹亭』全幕上演の際に、柳夢梅を演じて好評を博した温宇航氏によるもの。今回は、この二人の組み合わせで、『紫釵記』折柳陽関も演じられました。当たり前のことですが、プロの演技にはやはり圧倒されます。


4)『青塚記』昭君出塞
 
 今回の圧台戯(とり)は、友社が誇る男旦Sanyeさんが演じました。崑劇のみならず、京劇など中国の伝統劇は、かつては女役も男性が演じるのが普通であり、京劇の梅蘭芳などがその最後の時期の名優として知られます。せりふや歌の発声はもちろんのこと、細かなしぐさにまで高い技巧が要求されることは、いうまでもありません。
 いつもながらそのあでやかな姿には、観客も盛んな拍手を送っていました。


 しかも、今回は宮女役として北崑の若い女優たちが参加しており、前半はこうした美しい宮女に取り 囲まれた(うらやましい!)華麗な舞台、後半は異国に嫁ぐ王昭君の、暴れ馬に乗っての辛い旅路を描写する場面で、 お供の馬夫と共に立ち回りを交えての歌が続くという、対照の妙 を味あわせてくれました。
 馬夫は友社のShantianさん、こうした立ち回りを演じる武丑という役柄を長年学んで来られました。

 
 さて、冒頭に「わたし一人で参加することになった」と書きましたが、今回は、客席で気楽にビデオでもとりながら見せていただこうとは思いながら、もしやということで 笙を持参したところ、既にプログラムの楽隊の中に名前を載せて頂いており、厚かましくも初日の『牡丹亭』遊園驚夢・『雷峰塔』断橋、二日目の『牡丹亭』春香閙学・『長生殿』 小宴で、楽隊に参加させていただいた次第です。

 遊園驚夢・小宴はともかくとして、断橋は数年ぶり、春香閙学に至っては楽譜を見たのは初めてだったのですが、特等席(楽隊は舞台 にむかっての右脇に位置し、役者の動きを間近に見ることになります)でお芝居を拝見しながら、楽しく参加させていただきました。
 
 北崑の楽隊、ならびに友社の方には迷惑をおかけしたかも知れませんが、こうした体験は、われわれにとってはたいへん貴重なものであり、改めてお礼申し上げたいと思います。  

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