江南水郷 烏鎮レポ〜 その2 〜


 3.烏鎮皮影戯

 前回ご紹介した戯台のある、修真観という道教寺院の広場には、丁度お昼時と言うこともあってたくさんの人々が集まっています。
 この修真観は、蘇州の玄妙観と並び称される江南でも指折りの道教寺院とのこと、その道教寺院の中の建物の一角に、我々が目指す皮影戯の劇場がありました。

 中に入ると名物の藍染で囲まれた舞台(幕)がはられておりました。
 その手前には質素な椅子が並べられて20人も座ればいっぱいです。

 開演時間の表を見ると、昼休みをはさみ10分毎の公演ですので、1時間に3本は公演されるということになりますが、演目などは一切書かれていません

  到着時はまだお昼休みでしたが、10分ほどまっていると、3,4人のおじいさんが上の写真にある幕の内側へゴソゴソ入っていきます。

 ジャンジャン銅鑼が鳴らされ開演しました。
 演目はよく判らないのですが、水滸伝の一幕ではないかと思われます。

 まさに「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ」の大暴れで、首がスパッと飛んだり、胴がちぎれたりで、すこしグロテスクな内容ですが、如何に素早く鋭くそれを見せるかが、皮影戯の人形使いの“技の見せ所”なのでしょう。その“技”が随所にちりばめられていました。

 伴奏音楽については、打楽器が主で、それ以外のものは使われておりません。

 “ちぎっては投げちぎっては投げ”をしているうちにスゥオナーが鳴らされ、あっという間に「お芝居」は終わってしまい、おじいさん達は元いた控えの間にゾロゾロ戻っていきます。

 次の演目は同じものなのか違うものか皆目判らないのですが、折角だからもう一本次のも観てみようということになり、更に10分待ちました。

 すると幸い演目は違うもの(左参照)で、ご覧のように『西遊記』から孫悟空と牛魔王の戦いの場のようです。

 先ほどの『水滸伝』?とは違って、もう少しユーモラスな内容に仕立てられており、それぞれニワトリとムカデに化け戦うという内容で、今度はその変身と動きが見せ所のようでした。

 また挿入される音楽も胡琴が使用され、曲牌(『朝天子』だったかなぁ?)が演奏されるなど、なかなか面白いものでした。

 写真では判り難いのですが、華北(唐山)の皮影戯で使用されるようなデフォルメされた形態の人形ではなく、もうすこし写実的なもので、色彩も華やかなものでした。

 あとで資料をみたところ、上海の金山にも同様な皮影戯が残っているようです。
(お隣同士だから当たり前と言えば当たり前ですが)

 この『西遊記』が終わったあと、幕の中を覗いたのですが、打楽器は一人で演奏できるように一つの台にまとめられ、胡琴はボロボロのものを使用しておりました。壁際に無造作に立てかけてあるのがそれです。

 人形遣いと演奏のおじいさん達は我々の方には全く関心を示さず、またもや“楽屋”で一休みです。

4.桐郷花鼓戯
 
 当初の重要な目的の一つであった皮影戯を見る事が出来たのですが、この皮影戯は烏鎮の観光の重要なポイントであったようです。

 同様に広場の戯台(舞台)では午前、午後各3回、毎時0分開始で、この地方のお芝居「桐郷花鼓戯」が演じられておりました。
 
 この修真観の戯台は、明代に創建されたもので、現存するのは清の乾隆初期重建の建物といいますから、なかなか由緒あるものです。
 ちょうど我が国の神社にあるお神楽の舞台と同じく、道教寺院には、こうした戯台がつきものでした。かつてはあちこちに残っており、実際に村芝居の舞台に使われて来ましたが、建物自体失われてしまったり、あるいは村芝居そのものが廃れたりで、観光用とはいえ、こうした素朴なお芝居が今なお上演されているのは、たいへん貴重かと思われます。

 花鼓戯というのは、湖北や湖南のものが有名ですが、このあたりのものとどういう関係にあるのかよく解りません。いずれにせよ、我々にはなじみ深い崑曲とは、おなじ伝統劇といっても、まったく系統の異なるものであることだけは確かです。
 

 舞台の右袖には、今日のの上演予定時間と演目が黒板にチョークで書かれていました。

 『双玉ショク(金+蜀)』という演目です。この演目は、京劇にもある有名なもの、そのうち一段が『拾玉ショク(金+蜀)』で、日本での京劇の公演でもしばしば取り上げられる演目となっています。我々が見たのは、どうやら物語のはじまり、主人公の男女が知り合うくだりのようでした。
 
 楽隊は鼓板と二胡だけという二人だけと質素なものでしたが、その演奏を聴くとどうも専業の人達のようです。

 あまり楽隊の写真を撮る人などいないのでしょう、写真を撮るたびに気になるのか、にらみつけられました。

 演奏も二人なら、役者も二人で、しかもかなり年配のおばさんでした。花鼓戯は、いかにも民間のものらしいシンプルなお芝居なので、役者も二人が基本なようです。
 演技は決して上手なものではなくお化粧も相当な厚塗りで、かなり??なものでしたが、唱は本格的でしたし、仕草もちゃんとしており、田舎芝居ながらも、こちらも専業の人のようですね。

 お芝居が始まると、戯台の前には我々のような観光客はもちろん、街のお年寄り達が集まってきてあれこれ話しながら芝居見物をしていきます。
 なかなか楽しそうな雰囲気になってきました。
 
 皮影戯とお芝居をみた我々は、もう少し烏鎮の街を散策しお土産物などを買い、帰途に着きました。

 皮影戯とお芝居をみた我々は、もう少し烏鎮の街を散策しお土産物などを買い、帰途に着きました。

 時間があれば、もう少し北に上がった湖州の南潯の街に行って、『江南絲竹館』なる場所を尋ねる予定でしたが、とてもそのような時間はありませんでした。

 4時過ぎ駐車場に待たせていたタクシーで上海市内へと帰路につきました。

 上海に到着したのは6時頃でしたが、案の定帰宅ラッシュの渋滞に巻き込まれてしまい遅々として車は前に進みません。

 観光地化されながらも、のんびりと人が生活している烏鎮の街がのことがもはや懐かしく思われてしまいます。

 またいつか、もう一度訪れてみたい街の一つとなりました。


(江南水郷 烏鎮・レポート 終了 2005.6.3)
                
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